アントワープ〜主な見所




旧市街


聖母大聖堂 Onze-Lieve-Vrouw Kathedraal

アントワープ旧市街に聳え立つ
アントワープの町の守護聖人である聖母マリアに捧げられた ゴチック様式の大聖堂。
1352年から1521年までかけて建設されました。
123メートルの高さの北塔を含めた偉観が目を惹きます。


アントワープ聖母大聖堂
→→→ 詳しくは「舞台」の「聖母大聖堂」の項を御覧下さい。


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プランタン・モレテュス印刷博物館 Museum Plantin-Moretus

プランタン・モレテュス印刷博物館は
16世紀半ばにフランスから出てきたクリストフ・プランタンによって始められた印刷工場が
(それによって 史上初めて印刷が工業化されました)
16世紀末から17世紀はじめ(ルーベンスの時代)には
娘婿のヤン・モレテュスと その子バルタザール・モレテュスによって
世界最大の印刷工場に発展させられた
その様子を保存し公開しているものです。
この時代の印刷設備を持っている世界で唯一の工場であり
また その図書館には
印刷以前の手書き本をはじめとする
貴重な書籍三万冊が収められています。
これらの古文書と 世界最古の印刷機とが 2001年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。
2002年には 建物と図書室と印刷道具類が ユネスコの世界歴史遺産に登録されました。
そして 2006年には (博物館としては世界で唯一)
建物と内容物全てが ユネスコの世界文化遺産に登録されました。

印刷の歴史だけではなく
手書き本以来の 本を作る歴史と
印刷においても 手書き本の制作においても
フランダース地方がいかに優れた技術をもっていたかを見ることができる
質の高い博物館となっています。


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ルーベンスの家 Rubenshuis

画家ペーテル・パウル・ルーベンスは
1610年頃から亡くなる1640年までの約30年間を
このアントワープで生活し 創作をしていましたが
その生活と創作の場であったのが
この「ルーベンスの家」です。
外観が はっきりと
左側の 煉瓦造りの部分と
右側の 石造りの部分とに分かれていますが
煉瓦造りの方が フランダースの世俗建築様式による住居の部分
石造りの方が イタリア・バロック様式による アトリエの部分となっています。
そもそも 煉瓦造りの建物が建っている土地を三十代はじめに買い
そこに 自ら設計したアトリエを建て増ししました。
ルーベンスが実際に生活し創作をしていた建物ではありますが
彼の死後 未亡人によって売却され その後人手を転々としました。
その間に沢山の改築が行われ また
煉瓦造りの部分と 石造りの部分とは 別々の所有者のものとなっていました。
1937年にアントワープ市に買い取られて
ルーベンスの家として修復されましたが
実際にそれぞれの部屋を彼がどの様に使っていたのは
全ての部屋で特定できる訳ではありません。
ですので おおよそ「こうであっただろう」としつらえてありますが
置かれている調度品 展示されている絵画・彫刻などは
全て ルーベンスの時代のものです。

ルーベンスの家 外観 ルーベンスの家 食堂
ルーベンスの家 外観と食堂


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Grote Markt 大市場

アントワープの町の中心の広場。
この広場に面して
市庁舎や 様々なギルドハウスが建てられており
また 聖母大聖堂の塔もここから見ることができます。
夕方にこの広場から見る 西日を受けた大聖堂の塔の美しさは 素晴らしいものです。

この広場は 13世紀以来 市が立つ町の中心の広場として使われてきましたが
後には 一年に数回開かれる「年市 Jaarmarkt」が立つ場所となりました。
大市場という名でありながらそれ程には大きくないように感じるかもしれません。
そもそもは 「市場 Merct」と呼ばれていたのが
16世紀以降「小市場」という広場と区別するために「大」が付けられたのです。
また そもそもの広場の中に市庁舎が建てられたので 広場自体が狭くなってしまっています。


市庁舎は1561年から1565年にかけて建てられたもので
(正面上部に1564という数字が入っていますが 完成は1565年です)
ネーデルランド(今日のオランダ+フランダース=オランダ語地区)で最大のルネッサンス建築として
アントワープ最盛期の繁栄を表しています。
アントワープのコルネリス・フロリス・デ・フリーント二世 Cornelis Floris U de Vriendtによって設計されました。

アントワープ市庁舎
アントワープ市庁舎


イタリアから入ってきたルネッサンス様式に フランダースの味付けをした
「フランダース・ルネッサンス様式」の代表作品です。
横への広がりや安定感はイタリア・ルネッサンスの影響であり
垂直性はフランダースの特徴です。
また 一階に並ぶアーチ/二階より上の円柱/屋根の下のバルコニー状の部分 などは
イタリアの様式ですが
十字窓/屋根の形/前方に張り出した建物中央部分 などは
北ヨーロッパの様式です。
最上部には 神聖ローマ帝国のシンボル 鷲の像が載せられています。
その下にある聖母子像は 1587年に付けられました。
それ以前はここには シルヴィウス・ブラボー Silvius Brabo(下記参照)の像が付けられていました。

広場の真ん中にある(噴水になっている)銅像は
このアントワープの町の名前の由来を表したものです。
(→→→ 詳しくは「舞台」の「アントワープ 」の項を御参照下さい。)
最上部に立って 手を投げようとしているのがシルヴィウス・ブラボー Silvius Braboです。

ブラボーの噴水とギルドハウス
ブラボーの噴水とギルドハウス

1887年に Jef Lambaux ジェフ・ランボー(この広場の55番地で生まれました)によって作られたものです。

この噴水が置かれる前には ここには
「自由の木」が立っていました。
つまり ネロの時代にはこの噴水はまだありませんでした。


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ステーン城 het Steen

川岸に建つ要塞。
そもそもは 町を守る防衛のためと
川を通る船から通行税を徴収するためのものでした。
9世紀以降は ヴァイキングから町を守るために使われます。
13世紀はじめから 石造りになりましたが
この町で 最初の石造りの建物ということで
「steen」(石)の名が付けられました。
その後 増改築され
1520年代に入ってから
カール五世によって現在の形へと拡張されました。
その後 刑務所として使われたり
隣の魚市場のための倉庫として使われましたが
1953年以来 海洋博物館として使われ
建物の中には船の模型などが 屋外にはベルギーの海岸地方で使われていた船などが展示されていましたが
今現在は閉鎖されています。

ステーン城
ステーン城


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肉屋のギルドハウス Vleeshuis

1501〜04年にかけて建てられたこの建物は
城壁内に現存する最古の公共建築であり
また城壁内で最大の独立した民間建築であり
現存する唯一のアントワープの黄金時代(16世紀前半)の屋内市場です。
煉瓦と砂岩とを使った「ベーコン様式」で建てられています。
一階のホールには 62軒の肉屋さんが台を並べて
この建物の地下で精肉されたものが
そこで売られていました。
その当時は 街中で肉が買えるのはここだけでした。
上階は礼拝室/集会場/事務室などとして使われていました。
18世紀末にギルド制が崩壊した後は ワイン庫として使われたり
画家のアトリエとして使われたりしましたが
その後 アントワープ市の歴史博物館となり
2006年以来は 楽器博物館として使われています。

肉屋のギルドハウス
肉屋のギルドハウス


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証券取引所 Beurse

1515年に建てられた
世界最古の証券取引所。
証券取引そのものは
15世紀半ばに ブルージュの町で始まりましたが
建物として証券取引所が建てられたのは
ここが初めてになります。
イタリア風に回廊と中庭になっていますが
16世紀の最盛期のアントワープには
沢山の外国人商人も来ており
特に イタリア人商人も多かったですから
その影響でイタリアの様式が取り入れられているようです。

中庭になっているのは
単にイタリアのスタイルを取り入れたというだけではなく
もう一つ目的がありました
証券取引は 屋内ではなく 屋外でしていたのです。
なぜでしょうか?この雨の多いベルギーで・・・
商取引は 公正でなければなりませんから
全てを神の目にさらす ということで 屋外でしていたのです。

また 高い塔がありますが
これは港を入ってくる船を見張るための塔でした。
この当時は それぞれの船は 旗を立てていて
その旗で その船にはどういう質のどういう品物が積まれている
ということを示していました。
それを この塔から見ていて
船が入港し 荷揚げを始める前に商取引を始めるためのもので
16世前半のアントワープの街中には
このような塔が およそ30本ほど建てられていました。
イタリア人商人/ポルトガル人商人/ドイツ人商人など
外国からの商人たちが それぞれに使っていました。

証券取引所
証券取引所


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聖ヤコブ教会 Sint-Jacobskerk

ルーベンスの「聖家族(諸聖人に囲まれる聖母子)」の絵がある
ルーベンスの墓所のある教会。

今日の姿のゴチック様式の建物の建築は1491年に始まりました。
その設計には 聖母大聖堂の設計も担当した その時代を代表する建築家たちがあたっています。
しかし 財政難のために建築は難航し
1656年に中止されました。
そのために 本来 聖母大聖堂を模した塔を(しかしそれよりも高く150メートルに)建てるはずだったのが
高さ55メートルで中途半端な形になっています。

建物自体は 後期ブラバント・ゴチック様式ですが
内装は バロック様式で
北西ヨーロッパにおける もっとも壮麗なバロック教会の一つとなっています。
この地区には(ルーベンスをはじめとして)裕福な人々が住んでいたために
質の高い美術品を所有しています。

(→→→→ 詳しくは「聖家族」の項を御覧下さい)


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市南部

王立美術館 Het Koninklijk Museum voor Schone Kunsten Antwerpen

今日の王立美術館の建物は 1884〜1900年にかけて建てられたものですが
そのコレクションのそもそもは
1382年に創立された聖ルカ・ギルドに所属している芸術家たちの作品を保管する「美術室」から始まったとされています。

1663年には 画家ダヴィッド・テニールスDavid Teniersによって聖ルカ・ギルド内に 美術アカデミーが開設され
独自のコレクションを持つようになりましたが
1773年のギルド解体によって 聖ルカ・ギルドの所蔵品と 美術アカデミーの所蔵品とが
まとめられました。

市の南部にあった スペイン要塞が取り壊された後
新たな美術館が 「ルーベンスに捧げる」目的で建てられました。
ですので 建物の真ん中の大きなホールは ルーベンスの部屋となっており
この美術館には 22点のルーベンスの作品が収められています。

現在は
15世紀フランダース写実主義絵画から 20世紀のベルギーの作品まで
7200点ほどの収集品を所蔵しており
常設展のほか 特別展も随時開かれています。
(2010年10月から数年間 内部の改装工事のために閉鎖されています。)

王立美術館
王立美術館


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中央駅周辺

中央駅 MiddenstatieまたはCentraalstation

1905年に完成した建物で
中央のドーム部分は高さが75メートルあり
その外観から 別名Spoorweg Kathedraal 鉄道大聖堂とも言われています。
大理石を豊富に使った重厚な内部
ホームは鉄格子とガラスによる高さ35メートルの屋根によって覆われており
自然光の明るさが利用されています。
この形は
スイスのルツェルンの駅をモデルにしたといわれています。
(そのモデルになったルツェルンの駅はすでに建て替えられており 外壁の一部のみが保存されています。)

アントワープ中央駅
アントワープ中央駅

1836年5月3日にアントワープに鉄道が敷かれた時には
木造の駅舎が建てられましたが
老朽化したためと アントワープの繁栄にふさわしい建物をということで
建て替えられました。
しかし 行き止まり駅として造られた為に
町を南北に通り抜けすることができず
その不便さを解消するために
1995年から2007年までかけて地下にトンネルが掘られて
新たに通り抜け用の線路とホームとが作られました。
それにより
北のオランダ 南のフランスを結ぶ
大陸新幹線(Thalys)が発着できるようになりました。



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ダイヤモンド博物館 Diamantmuseum

アントワープの(ユダヤ人)ダイヤモンド商たちがスポンサーとなって
1971年に県立ダイヤモンド博物館が設立されました。
その後 二度の移転を経て 今現在は
ダイヤモンドの町アントワープにふさわしい
世界最大のダイヤモンド博物館となっています。
内部では
ダイヤモンドの歴史/構造/採掘から
装飾品としてのダイヤモンド
そして 産業として と
詳しい展示と解説がなされています。
(ただし 日本語のオーディオガイドはありません。)


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ダイヤモンド街(ユダヤ人街)

中央駅の南西の界隈には およそ1500軒のダイヤモンド屋さんが軒を並べています。

(→→→ 「主な産業」の「ダイヤモンド」の項を御参照下さい。)


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動物園 Antwerpse Zooまたはde Dierentuin

中央駅のすぐ横にある
1843年に開園された ベルギー最古の動物園。
今現在 およそ5000匹の動物がいます。
ただし敷地面積が限られているために
Mechelenメッヒェレン郊外のPlanckendaelプランケンダールに分園が作られました。
2007年から十年かけて敷地が広げられます。


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その他

Cogels-Osylei コーゲルス・オセイ通り

20世紀初めに建てられた
アール・ヌーボー様式をはじめとする建物が並ぶ道。
この付近の建物 160棟が 文化財として保護されています。

Cogels-Osylei
Cogels-Osylei


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