「フランダースの犬」に出てくるルーベンス作品

〜「聖母被昇天」〜




ルーベンス「聖母被昇天」


この聖母大聖堂の主祭壇の「聖母被昇天」の絵は
ルーベンスが1626年 49歳の時に完成した作品です。
(キリスト教カトリックにおいては
聖母マリアは 亡くなった三日後の8月15日に
その死体が墓から天上界へと天使たちによって運び去られて行った とされています。
これにより「昇天」では無く「被昇天」という言い方になります。
ですので カトリックにおいては
この地上には キリストの死体と 聖母マリアの死体は存在しないことになります。)


この「聖母被昇天」を題材とした絵は
ルーベンスとしては 唯一のものではなく 他にもありますが
この大聖堂の主祭壇のものが もっとも優れたものとなっています。
なぜならば 「自分の町の大聖堂の主祭壇の絵」ということで
ルーベンスとしては 非常に力を注ぎ
ほとんどの部分が 共同制作では無く
ルーベンス自身の手によるものだからです。
(ルーベンスは 弟子や他の画家たちとの共同制作のシステムをとることによって
生涯で約2500点もの作品を「ルーベンス作」として作り出すことが出来ました。
それら「ルーベンス作」とされる作品のそれぞれに
どの位ルーベンス自身の手が入っているのかは様々ですが
この作品は 九割はルーベンス自身の手によるとされています。)


聖母マリアの死体を
天使たちが天上界へと運び上げる
左下から右上への動きによって
バロックの基本構図である 斜めの線がはっきりと見て取れます。
画面の下半分には
石の墓が空になっているのを不思議そうに覗き込んでいる人々が描かれています。

この絵は全体に
柔らかさが表現されています。
しかし 動いている感じも表現されています。
「ふわふわした 柔らかい動きの感じ」がこの絵の一番の印象でしょうか。
このような表現を 円熟期のルーベンスは得意としていました。
しかし こういう表現をしたのには そういう表現が得意であった ということと
もう一つ理由があります。
上記のように ルーベンスは生涯で2500点もの作品を作り出した ということは
毎週2つから3つの作品を完成させていたことになります。
(実際には このくらいの大きさの絵で 二週間ほどで完成させていたようですが)
ということは 共同制作のシステムをとってはいても
それでも速い作業は必須です。
ですので
太い筆で 速い筆の動きで描かざるをえなかった
ということが この絵のスタイルにも表れています。

この絵をもっとずっと近くに寄って見てみると
絵の右端から十数センチのところに縦に筋が入っているのが見えます。
ルーベンスが自宅のアトリエで制作し 完成した(と思った)この絵を
この主祭壇に運んできて はめ込もうとしたところ・・・
寸法が違っていたのです。
ですので 縦に細長い右端の部分を後から付け足すことになります。
現在の主祭壇(絵の周囲)は 19世紀はじめに新たに作られたものです。
そもそもは 主祭壇そのものもルーベンスが設計したものだったのですが
18世紀末 フランス軍によって破壊されてしまったために
1824年に現在のものが新たに作られました。

ルーベンスの「聖母被昇天」のあるアントワープ聖母大聖堂の主祭壇の原型
「聖母被昇天」のある主祭壇の原型

ルーベンスは 49歳になる直前にこの絵を完成しました。
しかし 完成から一月たたずに彼に悲劇が訪れました。
奥さんイザベラ・ブラント Isabela Brant がペストで急死してしまったのです。
ですので この絵の中央より少し下に
赤い服を着た女性が左下を向いていますが
この女性の顔を 亡くなった奥さんの顔に書き替えました。
(この絵の下絵は ハーグ den Haagのマウリッツハウス美術館 Mauritshuisにありますが
その下絵では この女性は別の顔に描かれています。)


ルーベンス「聖母被昇天」の油彩下絵
「聖母被昇天」の油彩下絵


下絵の方は
全体的に人物像が大袈裟なポーズで描かれ
左下から右上への上昇感を無理して作ろうとしている感じがし
全体としてのまとまりにも欠けている感じがしますが
完成作品の方では
それぞれの人物は 落ち着いたポーズや表情で描かれ
聖母の下の天使たちははっきりと弧を描くように並び
聖母の身体と顔の向きも より自然になっています。

この絵の反対側には
1533年にMatthyssens マッタイッセンスという画家によって描かれた
「聖母就眠」の絵があります。
(聖母が亡くなったシーンのことを「聖母就眠」と言います。)
また
「聖母被昇天」の絵の上を見てみると
キリストと父なる神とが 冠を持っている彫刻になっています。
聖母マリアは天上界に戻ってから この世での(キリストを生んで育てたという)功績を称えられて
キリストと父なる神から冠を授かります。
(絵の中の聖母の目が上を見ているのは そちらを見るためです。
しかし そのために 左下から右上に上がって行く上昇の方向性が損なわれています。)


ですので この主祭壇は
「聖母の就眠」から「聖母被昇天」そして「聖母戴冠」へと
聖母マリアの十五の原義の内の 三つのシーンを表すようになっています。
(カトリックでは 聖母マリアの生涯を描く
「悲しみの原理」「喜びの原義」「栄光の原義」と分類された 計十五の場面が決められていました。)



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ネロのまぶたに浮かぶものは、ただ「聖母被昇天」の絵に描かれたマリア様の美しい顔でした。
マリア様は、波打つ金髪が肩にかかり、永遠に輝く太陽の光がひたいを照らしていました。


ネロは ほとんど毎日
この絵を見に この建物の中に入ってきていました。
そして 天使たちに囲まれた聖母マリアの顔に
二歳の時に亡くした母親の顔を重ね合わせて見ていた と
小説「フランダースの犬」には書かれています。
かつ
ネロは主にこの作品に
ルーベンスの偉大さを感じていたと思われます。
なぜならば 彼が見ることの出来たルーベンスの作品は
この作品を初めとしたごく数点に限られていたからです。

作者ウイダは
僅か数時間のアントワープ滞在の印象で この物語を書きました。
一目見ただけのこの絵から 上記のような文章が出てくるのが
矢張り 作家という芸術家の感性なのでしょうか。
彼女自身 「ニュルンベルクのストーブ」という作品で こう記しています。

「普通の人には見えない景色を見 普通の人には聞こえない声を聞くことこそ
詩人や芸術家の才能というものなのです」



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