パトラッシュ

〜犬の種について〜




小説「フランダースの犬」では
犬のパトラッシュが荷車を牽く仕事をしていますが
これは フランダース地方ではごく当たり前のことでした。
(フランダース地方だけではなく ヨーロッパのほぼ全域で です。)
そもそも 犬はペット(愛玩動物)ではありません。
(狼を家畜化したのが犬だとされています。)
仕事をさせるための動物であり 犬が仕事をするのは当たり前でした。
今でも 門番・見張り番としての役割を持たせて飼っている人がいますが
あるいは 警察・軍隊・税関などで使われていますが
それにとどまらず 犬は 基本的に労役犬として飼われていました。
ベルギーにおいて 最も重要な犬の仕事は
牛追い・羊追いと 荷車牽きでした。

羊追いの犬
羊追いの犬

ヨーロッパ全般に 犬を労役に使うことは広く行われていましたが
フランダース地方で最初に文献に現れるのは1586年のことです。
17世紀後半には 一般的になり
最も盛んに労役犬が使われたのは 1800年から1930年の間です。
しかし 時代とともに 犬を労役に使うことが憚られるようになり
1824年にはフランスで 1855年にはイギリスで
犬を労役に使うことが禁じられました。
しかし ベルギーではその後も犬を労役に使い続け
1952年になってベルギーでも禁止する法律が成立しました。
(オランダは更に遅く 1962年になってからです。)

ベルギーの牽き犬(大きい種類)
荷車牽きの犬



畑を耕したり 荷車を牽いたりするのは 力が強い 馬や牛が使われましたが
しかし 馬や牛は値段が高く かつ 餌もかなりの量を与えなければなりません。
貧しかったフランダースの農家では ですので 高くつく馬や牛の代わりに
ほとんど只の犬を(その方が力は弱いですが)労役に使っていました。
犬そのものが只であるだけではなく 食べ物も人間の残飯や野菜くずなどで
これらもほとんど只ですし
街中で荷車を牽くには 馬車よりも小回りが利くという利点もありました。
しかし 農家で飼われていたそれらの犬は
決して「種」として確定したものではなく 基本的には雑種であり
(貧しい農家が特定の種ということで買えるわけがありませんから)
ただし 代々労役犬として働いてきたために
ある程度 共通した体型や性質を持っていたようです。

小説「フランダースの犬」では 作者ウイダは パトラッシュをこう描写しています。

「フランダースの犬は、皮は黄色で、頭と手足は大きく、まっすぐに立ったおおかみのような耳をして、足は曲がり、
何世代にもわたる厳しい労働によって発達した筋肉を持っていました。
パトラッシュは、フランダース地方で何世紀にもわたって先祖代々酷使される種族の子孫でした。」
「パトラッシュは、鉄の種族の生まれでした。その種族は、情け容赦のない労苦に従事するために長年繁殖させられたものでした。」
「四本の丈夫な黄褐色の足」「たくましい、大きな、やせた、力のある犬」


これらの描写に ベルギーの労役犬(牽き犬)としての特徴が良く現れています。


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20世紀に入る前に 牽き犬の種は整理されました。
それまで種として確定してしなかった牽き犬を
力持ちでおとなしい種へと改良し整理していきました。
その結果 「ベルギーの牽き犬」としての種
「Belgische Trekhond」または「de Belgische Mastiff 」
フランス語では「de Matin Belge 」として確定し
ブリーダーたちによって繁殖させられました。

 
荷車牽きの犬「Matin Belge」


ベルギーでは1910年に 全ての労役犬の登録と 規格に合致しているかどうかの検査が義務付けられました。
これは公的に労役犬が認められたということでもあり
ですので 郵便配達や 軍隊でも(特に1914年から1918年の第一次世界大戦で) 使われました。
第一次世界大戦後は 牽き犬の競技会や品評会が盛んに行われ
血統書付きの牽き犬も取引されました。
しかし 1930年代に入ると 機械を動力として使うことが広まりましたので
牽き犬の需要は急激に減少します。
第二次世界大戦後は 需要がなくなりましたので
本来の労役犬の牽き犬としての種は 1960年代初めには絶滅したとされています。

(ただし 1980年代に入ってから この絶滅した種を復活させようと試みられ
今では再び「Belgische Trekhond」「de Belgische Mastiff」と名付けられた種が存在しています。)


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1891年9月29日にブリュッセルにおいて
Club du Chien de Berger Belge ベルギーシェパードクラブが
Prof.Dr.Reul レウル博士のもとに発足しました。
同年の11月15日にベルギー全土から117匹の労役犬(羊追い犬)が集められて
種の確定・固定のための研究と交配が始められました。
翌1892年5月8日には 最初の展示会が開かれました。
この時期には 長毛・短毛・荒毛の三つの種に分類されました。
この分類は その後幾度か変更されて 今日の四種の分類に至っています。
さまざまなタイプの体格・毛・色の犬が集められましたが
8年間にわたる交配により
呼び名が「牧舎犬」から 「ベルギー犬」へと変わり
Groenendael /Laekenois/Tervuren /Malinoisの四つの種が確定されました。

これらの種の名は ブリーダーの多く住んでいた町の名
グルーネンダール/ラーケン/テルヴューレン/メッヘレンから取られています。
(ただし オランダ語の地名もフランス語風に表記されています。)

1898年に もう一つ Berger Belge Club ベルギーシェパードクラブ
(日本語に訳してしまうと前者と同じになってしまうのですが)が設立されます。
しかし 色や毛などの種の特徴に関する対立から
二つ目のクラブのみが存続することになります。

その後も 幾度か新しい団体が発足したり
種の特徴が書き換えられたりしましたが
1973年に 新たな交配規則書が作られて 今日に至っています。


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四つの種

Groenendael グルーネンダール
Groenendael グルーネンダール
背峰高 58〜62cm
体重 20〜30kg


Laekenois ラケノワ
Laekenois ラケノワ
背峰高 58〜62cm
体重 20〜30kg


Malinois マリノワ
Malinois マリノワ
背峰高 58〜62cm
体重 25〜40kg


Tervuren テルヴューレン
Tervuren テルヴューレン
背峰高 58〜62cm
体重 20〜30kg



これら四つの種は 毛質や色などの外見は違ってはいますが
良く働き 賢いといった性格や 大きさは ほぼ共通しています。
(だからこそ 一つの「ベルギー・シェパード」として括られている訳です。)

この四つの種の内 Malinois マリノワ(通称マリ)が
姿の美しさと賢さとから最も人気のある種となりました。
その後 労役犬としては 警察/軍隊/税関などで使われるようになりました。


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しかし
今現在ベルギーには もう一つ
Vlaamse koehond 「フランダースの牛犬」と呼ばれる種があります。
これはベルギーで作られた わりと新しい種で
アイルランドの狼犬と ベルギーの牽き犬と ベルギー・シェパードのLaekenois ラケノワをかけ合わせたものです。
この種は 初めから 威嚇と牛追いのために使われました。
1922年になって Bouvier des Belges Flandreの名として 種が認定され
1965年に 現在のBouvier des Flandre ブーヴィエ・ド・フランドルが正式名称と定められました。

今は この種は主に 威嚇犬として使われていますが
その優れた反射神経と 鋭い嗅覚から
救助犬としても重宝されています。
もうひとつのこの種の特徴としては
学んだ芸を自発的に行えることが挙げられます。
また 愛玩犬としても良くなつきます。

1989年に耳を 2001年には尾を切ることが禁止されてから
本来の姿を見ることが出来るようになりました。
ほとんどは 胡麻塩/黒/灰色/茶のいずれかの色です。



Bouvier des Flandre フランダース・ブーヴィエ
Bouvier des Flandre(耳と尾を切っていない本来の姿)


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国際的な犬の組織として
Fédération Cynologique Internationale (FCI)
犬の種の認定などをしていますが
ベルギー・シェパードは 「牧羊犬」
ブーヴィエ・ド・フランドルは 「家畜犬」と
別のカテゴリーに分類されています。
また この組織の分類には
「牽き犬」はありません。
ですので 荷車を牽く犬は 種としては認定されていないということです。
これは 今では犬を牽き犬として労働に使うことが法律で禁じられていることと
労役犬のほとんどが 特に牽き犬は
種として固定したものでは無く 雑種であったことからきているかと思われます。

ですので
パトラッシュは どういう犬だったのか どういう種だったのか
という問いには
「ベルギーにおいて代々労役(荷車牽き)に使われていた雑種」
というのが正しい答えかと思われます。

ウイダがベルギーに来て フランダースの情景を見た1871年には
まだ 労役犬は 種として固定されていませんでした。
また 仮に固定されていたとしても
労役犬を使ったのは 馬が買えない人々です。
その人たちが 特定の種の犬を買えるわけがありません。

ましてや その後に交配によって新たに作られた種と似ているという可能性が全く無いとは言えませんが
しかし ウイダが書いた特徴
「皮は黄色で、頭と手足は大きく、まっすぐに立ったおおかみのような耳をして、足は曲がり、
発達した筋肉を持っていました。」
「四本の丈夫な黄褐色の足」「たくましい、大きな、やせた、力のある犬」
から
「羊追い犬」ではなく
荷車牽きの犬「Matin Belge」に近いものであったのではないかと思われます。


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次ページで 労役(牽き犬)に使われている写真をご覧頂けます。
それらを見ると ある特定のひとつの種では無いことが分かります。



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